藤間 紫(ふじま むらさき、1923年5月24日- )は、日本舞踊家、女優。日本舞踊藤間流紫派家元。夫は三代目市川猿之助。藤間勘十郎(六代目)の元の妻で、藤間勘祖 (3世)である高子と俳優文彦の母。弟には六世中村歌右衛門の芸養子である中村東蔵。東京都出身。
元日本医科大学学長河野勝斎の長女で、12歳の時、6代藤間勘十郎に入門し、天才少女と言われた。1941年、21歳の時、勘十郎から「紫」の名を貰い若くして名取となり、24歳年上の藤間勘十郎と結婚。一男一女を儲けたが、1960年代から13歳年下の市川猿之助と生活を共にするようになり、1985年に勘十郎と離婚。2000年に猿之助と正式に結婚した。孫に宗家藤間流家元の藤間良(高子の息子)とジャニーズ事務所所属タレントの藤間貴彦(文彦の息子)。
1948年の?淀君?をはじめとして、昭和30年代に帝国劇場での?椎葉の里?、明治座での?青銅のキリスト?等を発普A舞踊劇の創作に注力。舞踊家としても藤紫会公演を大劇場にて行なう。1987年に宗家藤間流を離れて紫派藤間流を創流。毎年東京と大阪にて舞踊会を開催。1993年10月、国立大劇場にて自身のリサイタル?藤間紫の会?を開催する。
女優として映画にも数多く出演。女優初出演は1949年、舞台が新国劇『野口英世』、映画が新東宝作品『グッバイ』。1995年には猿之助演出の舞台『西太后』に主演し、圧倒的な存在感を見せつけた。
目次 1 出演作品 1.1 テレビドラマ 1.2 バラエティ番組 2 受賞歴 3 外部リンク // 出演作品 テレビドラマ いのちある日を(1965年)NET 眠狂四郎(1967年)CX 連続テレビ小説・信子とおばあちゃん(1969年)NHK 見合い恋愛(1969年)NTV 銭形平次 CX 第220回「蛍火の女」(1970年) 第261回「母子つばくろ」(1971年) だいこんの花(1970年)NET 泣くな青春(1972年)CX 東芝日曜劇場 TBS 女と味噌汁 その29(1974年) あんちゃんの恋、逃げた(1988年) ワタシ達の関係(1991年) 水戸黄門 TBS 第6部 第21話「ど根性河内節・八尾」(1975年) 第15部 第26話「黄門様の婿入り志願・敦賀」(1985年) 第23部 第1話(1994年) あさひが丘の大統領(1979年)NTV 木曜ゴールデンドラマ 千姫春秋記(1981年)YTV 女はおんな(1986年)YTV はらぺこ同志(1982年)TBS 森繁久弥ドラマシリーズ おやじのヒゲ3(1988年)TBS 土曜ワイド劇場・家政婦は見た!(8)(1990年)ANB 社長になった若大将(1992年)TBS 外科医有森冴子(1992年)NTV 大河ドラマ・八代将軍吉宗(1995年)NHK バラエティ番組 徹子の部屋(テレビ朝日) 笑っていいとも!テレフォンショッキング・ゲスト(フジテレビ) 受賞歴 菊田一夫演劇賞優秀賞(1980年)?大賞(1992年) 第一回読売演劇大賞最優秀女優賞(1990年) 紺綬褒章(1959年)、勲四等宝冠章(1990年) イタリア?ボローニャ市文化功労賞(1983年)?名誉市民(1985年)
